言語なき戦い

 

 真夜中の港。

 ただ、さざ波だけが聞こえてくる……。

 そんな状態で、三人の男を静寂が包んでいた。

 しかし、一人の男は

 「ゼニや……銭のためや…かんにんや……」 

 と言い残して、この世から去っていった。

 「あ、兄貴……。お、おれ……」

 若い男の目には、恐怖の色の涙が浮かんでいた。

 その右手には……鈍く光る拳銃。

 「そんなことでは、ウチの組が生き残る事なんてできねえぞ。いや、お前自身生き残る事なんて出来やしねえ」

 落ち着きを放つもう一人の男は、胸からタバコを取り出し、赤い頬を「ピカッ」と光らせ、火をつけた。

 「こいつも、ウチの組を裏切るなんてしなきゃあ、命だけは助けてやったのにな。

まあ、おかげで棘坊。お前のいい練習台になったじゃねえか」

 それに対し、涙を浮かべながら棘は言う。

 「で、でもピカ兄貴! 敵に寝返ったとはいえ、この前まで一緒にいた人を手にかけちまった……。

おれは一体どうすればいいんです?」

 煙をゆっくりと吐き出しながら、ピカは答えた。

 「……それが出来なきゃ、この世界は生き抜けねえのさ。棘坊、お前はとにかく俺について来い。でっかい漢にしてやるぜ」

 その時だった。

 ズキューン 

 棘の足元に弾痕が残った。

 「誰でぇ! ……ってテメエしかいねえな、小判ネコぉ! どこでえ、隠れてねえで出てきやがれ!」

 ドキューン 

 ピカは懐から素早く銃を取り出し、引き金をひいた。

 金属が地面に落ちた音がした。

 「くっ……さすがやなぁ、ピカ」

 頭の小判を金色に光らせながらやつが現れた。

 「ようも、我々の同士を殺りよったなぁ、ピカ! 今日こそ貴様のドたまかち割ったるでぇ!」

 目の血走った小判ネコが、ピカたちの前に立ちはだかった。

 「ほう、一人で来るたあ、いい度胸だ。死ぬ覚悟が出来てるらしいな」

 「そうそう簡単にはやられんでえ、ワシを誰やとおもっとるんや」

 二人の動きが止まる。沈黙。

 ――ふと、風が吹いた。

 「そこだ! くたばれ、アホネコぉ!」

 どこから取り出したのか、ピカは凶悪なまでの大きさを誇るガトリングガンを小脇に抱え、

 「10万ボルトおおおおおおおおっ!」

 鼓膜を破るようなけたたましい音と共に、秒間10万発のバレットが放たれた。

 「いつもならここで『やなかんじー』になるが、今回はそうはいかんでえ! 先生、お願いします!」

 小判ネコが少し下がると、奥から青白い大男が現れた。用心棒らしい。

 「ソーナンス!」

 青白い顔を薄赤い光の膜が用心棒を包んだ。

 「ミラーコートですね、先生!」

 小判ネコが歓喜の声で言った。

 「そそそそそそ、ソーナンスぅ!」

 ピカの放った弾丸が、迷う事なく返ってくる。

 「な、なにぃ? うおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 「ピ、ピカ兄貴? どうしたんすか……。いつものようにおれを叱って下さいよ。いつものように殴ってくださいよ。

 ……目を、目を開いてくださいよ……」

 棘はピカのいまわを見取る事しか出来なかった。

 無力だった。

 「どうした、ボウズ。ピカが死んだら、なんにもでけへんのか? そんな玉無しは、お家帰っておかんに甘えてな。ははははは!」

 「そそそ、ソーナンス!」

 (兄貴……、ピカ兄貴……)

 「意気地なしが。戦う気もないんかい。……先生の手を借りるまでもない。ワイが直々に手を下し足るわ」

 小判ネコは拳銃を棘に向け、笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄った。

 「ピカの隠しダマもこんなちんけなボウズとはなあ。ウチの組の勝利やなぁ」

 (ピカ兄貴……。おれは、おれは、おれはぁぁぁぁ!)

 棘のやりきれなさ、無力感が、一つの答えを導いた。

 復讐。

 それが、棘に殺意という名の火をつけた。

 「うおおおおおおおおおおおおおおっ! 兄貴ぃぃぃぃ!」

 憎しみの炎を纏い、棘は小判ネコに向かって猛然とダッシュした。

 「な? 来るな来るなぁ!」

 小判ネコの放った弾は全て棘に命中したかのように見えた。

 だが、棘の体には傷一つつかない。

 「くるなくるな!」

 恐れをなした小判ネコは背中を向け、逃げ出そうとした。

 ちっちっち

 指を振った棘の拳が、眩いばかりの光を宿す……。

 「うおおおおおおおおおおっ!兄貴のカタキだ、くたばれぇ!!」

 棘のメガトンパンチは小判ネコを完璧に捉えた。

 「!……」

 小判が、からんからんと音を立てて、落ちた。

 「小判のない、お前はただのネコだ……」

 棘の鋭い視線は、残りのターゲットである用心棒に向けられた。

 「そっ、そっ、そっ、ソーンナンス!」

 後ずさりながら用心棒は再度体を光らせた。

 それでも構わず、棘は襲いかかる。

 用心棒は自分の勝利を確信した。

 肉弾攻撃にはカウンター。それで負けた事はない。

 しかし、棘の攻撃は肉弾攻撃ではなかった。

 がしっ

 用心棒にしがみつき、

 「もう戦うのやめましょう……ね、お願いっ」

 棘は甘えた。

 今までの目つきとは一転、ウルウルしたつぶらなおめめだった。

 これにはたまらず、用心棒の顔も緩んだ。

 棘は用心棒を抱きかかえたまま、動きを止めた。もちろん用心棒も動けない。

 ――今だ!

 ちっちっち

 棘の体が点滅し、それが終息する。

 ・

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 「だいばくはつ」

 どっかーん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『朝のニュースをお伝え致します。

 今日未明港で、黄色いねずみと、ネコ、その他にUMA(未確認生物)二体が死体で発見されました。

 これらがなぜここで死体で発見されたのかは、現在究明中です。

 専門家の話では、ここにはエリア51に次ぐ研究施設があるのではないかとも言われており、事件の究明を急いでいます。 

 以上、港からお送り致しました』

 

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