屋上から眺める風景は、どうにも好きになれなかった。
小さな車が忙しなく動き回っている。
歩道を歩く人々が一分一秒を惜しむように歩いている。
それらは、俺にも歯車であることを突きつけているような気がした。
何もかもが嫌になった。
そんなことが言えたらどんなに楽だろう。
もし言えたら、心の底からそう思えたら。
ここから、少し身を乗り出すだけで、俺は自由になれる。
全てを捨てて、楽になれる。
それが分っていても、出来なかった。
今まで出会った人たちに、お世話になった人たちに、なんて申し訳すればいいんだよ。
いや、違う。そんな理由じゃない。
ただ、このフェンスを乗り越えることが怖いんだ。
そんな程度の勇気もないのか?
このたった自分の腰ぐらいしかないフェンスを越えるだけなんだぞ?
心の中の自分が問い掛けてくる。
分ってるさ、そんなこと。
だから、だから俺は、意気地なしなんじゃないか。
そんな俯いていた俺を、後ろから呼ぶ声が聞こえた。
「先輩、どうしたんですか?」
どうもないよ。見ての通りだ。
そんなことすら口に出来ず、ただ無言で遥か下の道路を見ていた。
「酷く課長に締められてましたもんね」
そんなに軽々というなよ、お前と違ってこっちは繊細なんだからさ。
いいよな、お前は。期待の星だもんな。
「これ、どうぞ」
そう言って、後輩は俺に缶コーヒーを投げた。
落としそうになりながらも、必死で受け止めた。
「あ、危ないじゃないか!」
本当に危なかった。ここは屋上なんだから。
分ってるのか? お前は。
「でも、先輩ならきっと取ってくれますから、投げてみました」
そんな無茶苦茶な、と思いながらいつの間にか笑顔になってる自分に気がついた。
二人で他愛もないことを喋りながら、少しだけ顔を上げてみた。
青い空が広がっていた。
「今日も綺麗な空ですね」
「ああ、そうだな」
空になった缶を手に、青空が好きだったことを思い出す。
果てしない空。大きな空。青い空。
「よし、戻るぞ」
「はい!」
もう少しだけ、歯車を楽しんでみようかな。
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