air time



 この靴の紐を締め直す時って、だいたい僕は緊張してる時だ。
 指も緊張してるから、上手く結べなかったりもするんだけど。
 自分の順番にはまだ多少時間がある。
 暇になっちゃって落ち着かないから、僕はついつい紐をさわって緩めてしまう。


 ギュッ


 しっかり縛ったような気がしても、自分が走り出すのと一緒に紐が緩んでしまいそうで、どうも気になる。
 何度も、何度も紐を解き、また紐をきつく結ぶ。
 これでもか、これでもか、ってぐらい。
 そうして繰り返してると、僕の前の選手の番が来るんだ。
 その頃になれば落ち着かなかった僕も、集中し出す。
 トラック競技がどれだけ歓声を受けようとも、前の選手が失敗しようとも、靴紐には一切見向きもしなくなる。
 


 
 僕の番号が呼ばれた。
 とうとう僕の跳ぶ番が来たんだ。
 今日、最初のジャンプ。


 ふー、ふーっ


 軽く息を整えて、僕は右手を挙げた。
 ゆっくりと前を、バーを見据えて手を降ろす。
 一瞬だけ目をつぶって、僕は勢いよく走り出した。
 大きく弧を描くようにしてバーに迫る。
 何度も繰り返し練習した通りの踏み切り位置、そしてタイミング。
 

 1、2、 3!


 この瞬間だ。
 この体中が浮いている感じ。この感じが僕は大好きだ。
 目の前に空があるみたいな、自分が飛んでいるような……
 だけど、残念ながらこの瞬間はひどく短い。
 当たり前だよ、人間は跳んだら落ちるんだから。
 クッションに体を沈めながら、僕はいつも思うんだ。
 


 僕も飛べたらいいのに。
 


 みんなにそのことを話すと、決まって馬鹿にされるんだ。
 でもね、そんなこと僕だって分ってる。
 だからこそ、この一瞬を少しでも長く味わいたいんじゃないか。




 次の番はまだかな。
 早く順番回ってこないかな。
 ワクワクしながら待つのも、実は好きだ。
 もう、紐は触らないよ。


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