fade to black



 夢だ。多分これは、きっと夢だ。だが、分っていても納得がいかなかった。
 自分の女房が、子供が、俺を置いて列車に乗ろうとしていた。
 女房は子供を抱え、振り向きざまに俺に手を振った。
 子供もその小さい手を、俺に向かって健気に振った。
 表情はどうだっただろう。笑顔だったかもしれないし、もっと違う表情だったかもしれない。
 そんな細かいところまでは、怖くて見ていられなかった。
 どうしてだろう?
 二人が俺の目の前から去っていく。
 ただそれだけなのに、辛い。
 



 そう。これは夢だ。間違いない。昨日の残業で疲れた影響だ。
 思ってみたところで俺の夢が覚めるはずもなかった。




 ドアが閉まる。
 列車が動き出す。
 二人は俺に手を振り続ける。
 俺はただ、列車を追ってホームを走った。
 人だかりにぶつかりながら、ホームを駆け抜けた。
 列車に追いつけるはずもない。
 分っていても、俺は列車を、二人を追いかけた。
 必死で俺は叫んだ。



  置いていかないでくれ
  俺を一人にしないでくれ



 暗闇に消えていった列車に叫んだ時、目がやっと覚めた。
 俺の右側には子供と、女房がすやすやと眠っていた。
 幸せそうな寝顔だ。
 手足を投げだし、誰に似たのか少々寝相の悪い子供の布団をかけなおし、
 ふと二人を見遣った。




 女房と子供がそこにいる。
 川の字で三人並んでいる。
 そんな当たり前のことに、少し目頭が熱くなった。




 次の休みはどこかへ行こう。
 思う存分、二人と一緒にいよう。
 二人の方を向いて、ゆっくりと瞼を閉じた。



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